でぃーぷ・ひるます VOL.1

でぃーぷ・ひるます

「ロスト・ハイウェイ」攻略本

いきなり、はじめよう。デビッド・リンチにだけ、いきなりを許していいという法はない。ひとことだけ、「感想」などという甘っちょろいものを言わせていただけば、「ツインピークス」によっていだかされたすべての恨み・怒り・くやしさ(くわしくは、別項を見られよ)は、この作品によって、そしてこれまで流れた時間の長さによって、すべてぬぐいさられた。ひとはジャンク・カルチャーなどという言葉を安易に使うが、そしてたしかに語の真の意味で「ツインピークス」後半と映画版は「ジャンク」だったが、いっけんして似た「対象」を描き出すこの「ロストハイウェイ」は、本物のアートだ。作品を創造する意志とテンションがまったく違う。プロのカメラマンと素人のスナップ写真との対比という比喩がこの「差」をあらわすにはぴったりとくる。映画は「シャシン」だったんだということを改めて思わされる次第である。

さて、これは「攻略本」なので、以下、ネタバレの領域に入っていく。まだ本編をごらんになっていない方は、絶対に読まぬこと(読む場合は自己責任にて)。

Q1 あの「白塗り男」は何者か
単純に考えれば、「悪魔」ということだろう。私も観ている間はそう思っていた。しかし、全体をふりかえってみれば、彼は主人公の「影」、つまり無意識が生み出した「人格」ということになるだろう。しかし、これは「多重人格」という症状を言っているわけではない。もうちょっとオカルト的に「影」が、別の人間として動き出していると考えるほうが自然だろう(どうせフィクションなんだから)。しかもこの男は同時に別の場所にも存在するというように「時空を超えている」。 だからその身体は物理的な「もの」ではないだろうが、他の人間(ロラントやアンディ)にとっても存在しているので、完全に虚構でもない。「多重人格ではない」とはこのことだ。

Q2 妻を殺したのは誰か
単純にこれは夫のフレッド。ここで肝心なことは、誰もここで彼が無実の罪だなどとは言っていない、ということだ。これは映画的文法にしたがって「だまされ」やすいところなので、注意されたい。ただし、この男、自分でも「殺したかどうか」分からない。殺しの直前にフレッドが二人になる(誰しもツインピークス最終章を思い出す)シーンがあるが、これは彼が(「影」の男とは別に)真性の多重人格であることを暗示する。妻を殺す人格に入れ替わった彼は、それを実行する。それを上からビデオで撮影していたのが、かの白塗り男だったのである。

Q3 なんで妻を殺したのか
以上の指摘により、諸君の映画的記憶はめまぐるしく甦り、すべてが「つながり」、一気にこの事件(つまりこの映画)の全貌が把握されたのではないかと思う。つまり以下はもう書くだけ無駄かと思うが、一応書いておくことにしよう。
なんで妻を殺したのかというと、もちろん妻が裏切っていたからである。ロラントの情婦となっていたからだ。もちろんフレッドの表層意識はそれを知らないというか、無理矢理にでも「知るまい」としているのだが、それが逆に「殺意」にまで「たまってしまった」のだろう。したがって、もちろんあのビデオテープは「白塗り男」としてのフレッド自身が、妻を監視しているということを示すために、妻へ向けておくった脅迫なのである。

Q4 ピートって何だったのか
というと、何でもないのだ。ようするに「死体」である。おそらくピートはあの夜、交通事故で死んだのだろう。それが、フレッドに利用されて生き返ったわけだ。そうまでしてフレッドはなぜシャバにもどる必要があったのか、というと、もちろんロレントを殺すためだ。彼の抑圧された怒りは妻を殺しただけではおさまらなかったのだろう。そこでロレントに「修理」の腕をみこまれている男がえらばれたのだろう。もちろん白塗りの男の超常的なパワーによるのだろう。ちなみに私はこれを観る前の日、たけしのTVタックルを見たのだが、超常現象についての論争特集で、たま出版の編集長が「刑務所から人が消える」ということを超常現象として語っていたので、それを思い出してこの刑務所のシーンで笑ってしまった。

Q5 ではブロンド女は何者なのか
これは当然、奥さんのレネエの「影」である。または、単に「幽霊」でもいいかと思う。刑事たちの登場シーンがこの映画における「現実的」な「客観的な」または「共同的な」時間軸を示すものと考えれば、このブロンド女は当然、おくさんの死後になって登場してきているからだ。2人並んだ写真が、あとで刑事がみるときには「奥さんひとり」になっていることが、それを示す。このブロンド女がピートにひかれるのも、もともと旦那への愛というものが少しはあったからだろうか、むしろ私は「死体」としてのピートにひかれたのではないかと思う。「死」の領域にいるもの同士の「セックス」だからこそ、あれだけ燃え上がるのだ(比喩ではなく実際に炎のイメージが重ねあわされているのだが)。セックスは死である。考えてみれば「生きている者同士のセックス」なんて、つまらないものである。それが前半での不能的なベッドシーン(死語か)によく現れている。旦那のフレッドもまたピートの「死」を引き受けることで、セックスができる(can)ようになったのだ。

Q6 ロストハイウェイ・ホテルとは
冗談のように唐突にあらわれるロストハイウェイホテルだが、これは現実にありながら、時空間の交差する奇妙なポイントということになる。リンチにとっては「ロストハイウェイ」がそのようなものの象徴なのであり、したがってこのホテルがその名を冠しているのは、まったく必然ではある。これに対して白塗り男(故買屋)の住む小屋は、時空間の「外部」に設定されている。

Q7 ロラントはいつ殺されたのか?
ロストハイウェイホテルでロラントと奥さんが密会しているが、奥さんが生きている以上、これは単純に「過去」と受けとめるべきだろう。その過去のある時点とは、当たり前だが、映画冒頭のシーンの直前の夜という時点になるだろう。その時制からロラントは「拉致」され、時間外の地点(小屋)で殺される。したがって、ロラントの拉致は「過去」だが、ロラント殺しは「過去」ではなく「時間外」ということになる。だから、その後も彼は生きているのだ。これはタイムスリップというより「想起」といったほうがいい現象だろう。おそらくはフレッドはそのとき(過去において)ロストハイウェイホテルにいたのだ。これは封印された記憶が思い出されていると考える。タイムスリップとは過去の記憶へのスリップである。それにしてもなぜここでいったん「過去」に戻る必要があるのか。それはフレッドが「自分を取り戻すため」だろう。

Q8 ラストシーンの意味するものは?
しかし、映画の主観的な時間の中では、たしかにフレッドは「時間旅行」をしているわけだから、ここで時間は二重化されていくことになる。それが最後のシーンの「ロラントは死んだ」という伝言にあらわれる。これは奥さんへの「伝言」として語られているのだろうか(浮気の相手を殺してやったということによって、奥さんに脅威を与えるため)、それもあるだろうが、この伝言はむしろ「表層意識」の自分への「語り」なのではないか。現実から目をそむけ、奥さんの浮気の現場に立ち会っていたことすら隠蔽しようとする「表層の意識」への一撃ではなかっただろうか。このシーンはフレッドの主観的な時間の流れでは「過去」であり、また実際にも「過去」における現実として、映画冒頭にみるように過去の自分が伝言を受けとるのだが、客観的にその身体はリアルタイムで進行する「現在」の中にあり、警察に追われることになる。というようにこのシーンは現在と過去が二重化しているわけだが、映画的手法としてそれはユニークなものではない。アンゲロプスの「旅芸人の記録」にすでに同一シーンに二つの時制が含まれるという映像があった。しかし、リンチはこの「手法」により根源的な「意味性」を持たせることに成功した。それは、以下に述べるようなこの映画の「意味」と技法とを重ね合わせることができた、ということだ。このテーマを映像化するというとき、人は安易に三流SF映画のように、タイムスリップという陳腐な「表現」を使ってしまうだろう。そうはならなかったリンチが偉いのだ。

Q9 結局この映画はなんなのか
自我統合の物語である。生と死、若さと老い、善と悪、正気と狂気、男と女、そのすべての領域を踏み越え、経巡っていく「遍歴」の物語である。そして、その先になんら目的はないのだ、ただただ生命は「ロスト(目的が失われていることの暗喩か)ハイウェイ」を突っ走ってゆくだけだ、という物語なのだ。


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リメイキング・オブ・ツインピークス

これは、映画版「ツインピークス ローラ・パーマー最後の七日間」の劇場公開直前に、ひるますが書いて、当時ペーパーメディアであった「月刊ひるます」の増刊号として、ツインピークス(ビデオ版)をすべて観た人のみ対象にして配布したものである。今回、「でぃーぷ・ひるます」の開設を記念して、掲載することにした(文体も現在とはまったく違い、はずかしい限りだが)。したがってネタバレ情報が含まれていますので、ご注意下さい。

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 ツイン・ピークス。ああなんて美しい響きなんでしょ。

 しかし、そこに美しい響きを聞いてしまうのは、あんたの勝手。というのがデビッド・リンチ並びに周囲の人々の考えなのである。試聴者の気持ちなんて関係無い、俺が神、という考えなのであるから、例えばラストシーンに不満を抱いたりしてはいけない。我彼の差を知る、という事こそ幸福への一歩である。だが、それでもなお一言いわずにはおれない、というのはなんなのかというと、そういうバカな作者たちの意図を超え、登場人物と物語が自立してしまっている、からでしょ。すでにみんなが自立してしまっているのに、あくまで自分が神だとこだわる。そこに物語としては破綻があり、試聴者としては不満があり、作者としては堕落がある。そこで私がお呼びでないのにしゃしゃり出て、詐欺師たちに代わって物語の語り部となろう、というわけである。

 まず皆さんラストが気に入らない、気に入らないとおっしゃるが、私としてはこれ以外には確かに有り得ないという気もしている。しかしもちろん気にはいらない。だが、ここで早合点してはならないのである。クーパーの最初の描かれ方の不気味さからしてラストがこう成る必然性もあり、それは美的でさえある。ではなぜそれではいけないのか。そこに至る過程が、つまらないからである。語るべき事がかたられず、無駄なこじ付けに終始しているのである。

 単純なキャスティング・ミスから。ウインダム・アールにコメディアンを使ったのが、間違いだ。というのは冗談だが、結局はこの人が出てきてからすべてはちぐはぐに回りはじめたのだった。結局この人になにをさせたいのか、というコンセプトがはっきりしないのが、間違いだったのだ。つまり常に何を意図して行動しているかわからない、そういう不気味さと、実際に何を目的としているかがはっきりしない、という事は違う。そしてここではそれが取り違えられていたわけである。ではこの人は一体なんのために出て来たのか。もちろんツインピークスという作品を完結するため、あるいはその世界を完成させるため、である。この人は決してブラック・ロッジ探索なんていう「目的」を持ってはいない。なぜならブラック・ロッジを捜す者とは「自らの外部」に「悪」を見出そうとする者のはずであり、自らの内にどうしようもなく悪を抱え込んでしまっているはずのウインダムがわざわざそんなものを「外」に捜さなくてはならない理由がないではないか。むしろこれは「まだ」自分の内なる「悪」に気付いていないクーパーの仕事だろう。したがって当然ウインダムはブルーブック計画などには参加していない。彼の関心はそのような宇宙的な存在ではなく、もっと「羊たちの沈黙」の世界に通ずる猟奇的殺人者達の心理だろう。つまり自分の内部に「ない」から求めるのではなく、自分の中で(つまり深層の知とでも言おうか)いやおうもなく「分かって」しまうがゆえに関心をいだくのだ。実際「羊たちの沈黙」におけるレクター博士はそういう意味での探偵として描かれていた。したがってウインダムをツインピークスへと引き付けるのは、エイリアン、あるいは霊的な存在という物ではない、とすれば、具体的な生身の殺人者たちの存在であろう。

 したがってリメイク版はこうなる。

 ローラの事件が解決するが、クーパーは停職に。クーパーは停職中にブリッグス少佐とともにUFOらしきものと遭遇し、ブラックロッジ探索にはまり込む。ここまでの経緯は原作どおりだが、このあとクーパーは復職するが、ウインダム事件は担当からはずされる。これは当然で自分に関係のあった犯罪者の事件など、FBIが担当させるわけがないではないか。ところがウインダムの動向とはまったく関りなしに彼は休暇を願い出てツインピークスに留まる。これはブラックロッジ探索のためなのである。さてこのロッジ探索に最初は協力的だったホークであるが、やがてクーパーの偏執性に「悪しきもの」を感じ始め、離れていく。またこの探索自体を思い留まるよう説得もしたが、クーパーは聞き入れない。ホークの言うところではブラックロッジに入る事が出来るのは、インディアンの呪術に熟達した「グル」でなくてはならない。しかしここまでのクーパーは単にこの聖なる土地であるツインピークスの善なる力に導かれ事件を解決したのであって、クーパー自身がそのような力をコントロールしているわけではない。つまりブラックロッジに入っていくにはまだ未熟であり、未熟だからこそ「そこ」に引き付けられてしまう、という悪循環的な構造になってるのであった。ホークは密かに自分の師(グル)と連絡をとる。ことによると、この人こそこのドラマの救世主となるかもしれない。

 一方ツインピークスにはウインダムが現われ、原作どおり殺人を重ねていくが、前にも言ったように彼はブラックロッジなんていう抽象的な存在に興味はない。彼が興味を持つのは具体的に存在している「殺人者たち」なのである。これはなんだ?というと、ブラックロッジ教団とでもいうべき、悪魔崇拝者でかつ殺人狂でもあるような集団が、この地方には闇のネットワークとでもいうべきかたちで、ちょうどブックハウスボーイズと対をなすように存在しているのである。なにを唐突に、と思われようか。だが、考えてみればそのような集団の存在を考えずしてそもそもローラ事件の真相も分からないはずだろう。例えば「火よ我とともに歩め」なる呪文の存在にしても、現世にいるものからあの世にいるものへの積極的なアプローチとでも言うべき「宗教性」を感じるのである。またこの呪文は殺人の現場の「盛り土」の上に残されるというような更に宗教的に意味ありげな形で登場するし、またローラの指に入れられていた「R」の紙片にしても単に性格異常者の犯行としては片付けられない。これらはすべて宗教的な集団としての「秘密結社」の内部でのみ通用する付蝶であり暗号なのだ。これらは宗教者としての仲間に対するメッセージとしてのみ解釈ができるのである。このような殺人者でありかつ宗教者であるような「集団」を前提することによってはじめて悪霊だのブラックロッジだのの超越者の存在を問題にできる。というか超越者自身、つまり憑依霊たちが会合を持って悪だくみをしたりして行なった犯罪としてはあまりにローラ事件はチャチなのだ。人間精神の問題として解釈可能なところにそーいうものが出てきてもとってつけたようにしか見えない、のである。というわけで、この話は「リメイキング・オブ・ツインピークス・ローラ・パーマー最後の7日間」で詳述することにして、ウインダムに戻る。

 そのような殺人者たちへの関心からしてツインピークスにやってきたとすれば、ウインダムの目的は何か、といえば決まっている。そのような殺人者たちの「主」となる事、これしかない。たとえてみれば「地獄の黙示録」におけるカーツ大佐となる事が彼の目的なのだ。そして恐らくはその野望の中には霊的な存在としてのボブをも自分の力の下に屈服させたい、という事も含まれている。その意味では彼は「魔術師たらんと欲っする」者であり、超越的なものへの関心がないわけではないのだが、その超越的なものとはあくまでも超人としての自分自身なのだ、という事は繰り返し注意しておこう。というわけで、まずこの地に現われたウインダムが捕縛するのはレオなどという町の小悪党ではなく、もっと普段は善良な顔をしているが、実はツインピークスの森の闇に潜む殺人者たちの一人である。そして彼一流の恐怖による支配、そしてやがては教団のすべての支配へ。こうして彼ウインダムの行動によって、これまでそれぞれバラバラに描かれてきたツインピークスのヘンな人々が、実は悪魔崇拝教団という一つのネットワークの中で結び付けられる事になるのである。この意味でウインダムこそがツインピークスという世界を完成させる者だっわけである。さて彼は教団を使って殺人を仕掛けてくる。それはクーパーへの挑戦であると同時に、というよりもそれ以上に「超越者」たち、つまりボブたち憑依霊への挑戦だろう。それでこそラストでのボブとウインダムの対峙のシーンに意味があるのだ。つまりいろいろとやってはみたが、やはりウインダムはボブに、はかなくも敗れる、のである。だが単に霊的に敗れてもオモシロクない。霊的に敗れ去ったウインダムは負傷した姿で森に帰還する。すでに教団の殺人者たちは散り散りに逃げ出している。クーパーやハリーたちが、教団狩りの山狩りに乗り出したからだ、この森の中での大捕物が最終回のひとつ前の回における最大の見せ場となる。ただしクーパーは既にこの捕物への関心を失っているという事に注意しておこう。そう彼はブラックロッジ探索に取り憑かれていたのだった。負傷したウインダムを彼は発見するが、なぜかというかもちろん逮捕しようとはしない。ブラックロッジに入る方法を聞き出すためである。ここでクーパーにかなり残酷な拷問をさせる、という事をしておけば、ラストの伏線となるだろう。ウインダムは拷問により瀕死の状態となり、クーパーに告げる。「おまえは既にブラックロッジに入った」と。そう、彼はブラックロッジに既にいた。ここから最終回に話は繋がる。そして帰還。だがここではあのラストシーンはない。なぜか、というとこのリメイク版ではまだアニーが登場していない、からなのだ。

 リメイク版ではアニーのエピソードをすべて最終回以降に持って来るうえに、ジェームスと未亡人の下らないエピソードはすべてカットするので、最終回のエピソードは第二十五話か六話あたりにくるので、まだ続きの余裕がある。瀕死のウインダムが逮捕され、クーパーが帰還して、全面的にすっきりした形で、事件は解決した。少なくとも表面的には。そこで、ツインピークスではようやくミス・ツインピークス・コンテストの準備が始まる。それはローラ殺しに始まったすべての忌まわしき過去を洗い流し、吹き飛ばそうという祭りであった。ここで初めてアニー登場となる。修道院出の彼女の勤め先は病院の看護婦だ。ここで彼女は負傷を癒すクーパーに出会う。クーパーは彼女に惹かれる。しかしこの病院には瀕死のウインダムも入院しているのである。そしてウインダムはクーパーがもはやクーパーではない、という全てを知っており、次第に意識を回復しつつあった。ここでウインダムは殺される。もちろん犯人はあいつである。看護婦であり、ウインダムと接触する機会のあるアニーに秘密を知られる事をおそれたのか、あるいは過去の恨みか、だがともかく一面においてクーパーは、苦悩していた。その苦悩とは、要するに、アニーと出会う事によって呼び起こされた自分の内なる善。それとすでに自分がそうなつてしまっている悪との葛藤である。なぜ、もっと早くアニーが現われてくれなかったのか、もしあの時アニーが現われていれば、自分はブラックロッジ探索などに関わる事もなく、ウインダムに対して拷問するなどという行為を醜いものとして見放す視点というものを保持しえていただろう。アニーとともにある、という心によって。しかしああ、しかし、もはや手遅れではないか。そういう「心理」こそが次なる犯行(アニー殺し)の動機足り得るのだ。だがカイル・ファンである私は以下のストーリーをもはや語る事は出来ない。そう、やはりあのラストシーンこそ誠に正しきものであったのだ。


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